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福岡地方裁判所 昭和33年(レ)242号 判決

控訴人 船曳英也

被控訴人 尾上勝弘

主文

原判決を取消す。

被控訴人の第一次請求について、訴を却下する。

被控訴人の第二次請求について、控訴人は被控訴人に対し福岡市上辻堂町二〇番地の二、木造トタン葺平家建仮設家屋一棟、建坪約六坪(別紙図面〈省略〉斜線部分)を収去し該敷地約六坪を明渡せ。

訴訟費用中第一審の費用は被控訴人の、当審の費用は控訴人の各負担とする。

この判決は被控訴人勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求は棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する、訴訟費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

控訴代理人は訴訟上の抗弁として、控訴人被控訴人間に昭和三四年二月一三日、主文掲記の土地について地代月七〇〇円、敷金二〇、〇〇〇円期限三年とする賃貸借契約が成立し、右契約に附随して被控訴人において本訴を取下げる旨の契約が成立したから右訴取下の契約により本訴訟は終了していると述べ、

被控訴人は、右土地について控訴人主張内容のとおりの契約が成立したことは認めるが右契約は賃貸借契約ではなく原判決の執行を猶予する旨の契約であり、従つて又右契約に附随して為された契約は控訴人において本件控訴を取下げる旨の契約であつたと述べ、

第一次請求原因として、

一、被控訴人は、福岡市上辻堂町二〇番地の二、木造トタン葺平家建仮設家屋一棟建坪約六坪(別紙図面斜線部分、以下本件建物と云う)の敷地約六坪(以下本件土地という)を、その所有者である訴外承天寺より賃借している者であるが、控訴人は本件土地上に本件建物を所有し、本件土地を占有使用している。

二、よつて被控訴人は本件土地の賃借権者として、その債権保全のため訴外承天寺の控訴人に対して有する所有権に基く妨害排除請求権を代位行使して、控訴人は被控訴人に対し本件建物を収去し、本件土地を明渡すことを求める。

三、控訴人の抗弁事実に対する答弁として、

(1)  被控訴人の賃借権が消滅したことは否認する。なお訴外承天寺と被控訴人間に本件土地を含めた土地の明渡訴訟が係属していることは認める。

(2)  被控訴人が、控訴人主張の頃、訴外草川二郎に本件土地を賃貸したこと、同訴外人が本件土地上に本件建物を建築所有していたこと、控訴人が右訴外人より本件建物を譲受けたことはいずれも認めるが、被控訴人の承諾を得て本件土地の賃借権の譲渡を受けたことは否認する。

(3)  昭和三四年二月一三日、控訴人被控訴人間に控訴人主張のとおりの内容の契約が成立したことは認めるが該契約が賃貸借契約であることは否認する。右契約は単に原判決の執行を猶予したものに過ぎない。

第二次請求原因として、

一、控訴人被控訴人間に昭和三四年二月一三日控訴人主張の如き賃貸借契約が成立したとしても、右契約は期間三年の約束であり、被控訴人は長年本件土地を含めた附近の土地上に商店街建設の計画を有していたところから右賃貸借は一時使用の目的で賃貸したものである。従つて昭和三七年二月一三日右賃貸借は期間満了により終了したから控訴人に対し右賃貸借消滅による本件建物の収去本件土地の明渡を求める。

二、控訴人の抗弁事実は否認する。

と述べ、

控訴代理人は、

第一次請求原因事実に対し

一、被控訴人が以前本件土地をその所有者である訴外承天寺より賃借したこと、控訴人が本件土地上に本件建物を所有し、本件土地を占有使用していることは認める。

二、抗弁として

(1)  被控訴人は、訴外承天寺に対する賃料不払いにより、同訴外人より昭和三五年一月一九日頃本件土地を含めた附近の宅地約一七〇坪の土地についての賃貸借契約を解除されたものであるから本件土地の賃借権は消滅し賃借権者ではなくなつた。従つて控訴人に対し本件建物収去土地明渡を求める何等の権限もない。なお現在訴外承天寺と被控訴人間に右宅地の明渡訴訟が係属中である。

(2)  被控訴人は、昭和二四年一一月頃訴外草川二郎に対し本件土地を賃貸し、右訴外人は本件土地上に本件建物を建築所有していたところ、控訴人が右訴外人より昭和二七年頃本件建物を買受けてその所有権を取得し被控訴人の承諾を得て本件土地の賃借権を譲受けてこれを占有使用しているものである。

(3)  仮りに本件土地の賃借権譲受けにつき被控訴人の承諾がなかつたとしても、昭和三四年二月一三日、控訴人被控訴人間に本件土地につき地代月七〇〇円、敷金二〇、〇〇〇円と定め賃貸借契約が成立したから被控訴人の本訴請求は失当である。

第二次請求原因事実について、

一、昭和三四年二月一三日成立した賃貸借契約の期間が三年であることは認める。

二、しかし右契約には、期間満了の際は双方話合いに依り延長することができる旨の定めがあり、賃貸借期間は延長されたものである。しかしながら現在土地所有者である訴外承天寺より被控訴人に対し土地明渡訴訟が係属しているので控訴人は被控訴人に更新の申し出はしていない。

立証〈省略〉

理由

一、控訴人は本件につき訴取下の契約が成立し本訴は終了していると争つているから、先づこの点について判断する。

本件について被控訴人(原告)が勝訴の第一審判決の言渡を受け、控訴人(被告)がこれに対し控訴を提起した後である昭和三四年二月一三日、控訴人被控訴人間に本件土地について地代月七〇〇円、敷金二〇、〇〇〇円と定め期間満三ケ年間控訴人に占有使用させる旨の契約が成立したことは当事者間に争いがない。そして成立に争いのない乙第一、二号証、当審証人松本盛一の証言、および当審における控訴人本人、被控訴人本人(後記信用しない部分を除く)の各尋問の結果によると、昭和三四年一月頃控訴人被控訴人間の争いを止めさせるため訴外松本盛一が両当事者間の紛争を白紙に返して解決せんとして仲介に入り、その結果控訴人被控訴人間に前記内容の契約が成立したこと、その際被控訴人は原判決の執行を一時猶予するための目的で右契約の締結を承認すると主張したが、控訴人が転居先がみつかれば何時でも明渡すということであつたため被控訴人において右の主張を敢て固執しなかつたこと、右契約の成立により一切の過去の事件を白紙に戻し控訴人はそれ迄の滞納地代を支払うことになり、即時敷金並に地料として被控訴人に対し金三七、〇〇〇円を支払つたこと、右契約について宅地賃貸借契約書(乙第一号証)を作成し、更に同契約書に追記第一項として「本件に関する裁判の訴を取下げる」旨記載され、右文言は同じく追記第二項として「貸主に於て建築をなす場合は何等の異議なく家屋収去、宅地の明渡をせねばならない云々」の文言と共に記載されていること、被控訴人は法律については素人とはいえ訴の取下と控訴の取下の区別を知つていたであろうことが各認められ、右認定の事実によると被控訴人勝訴の原判決言渡後控訴人被控訴人間に本件土地に関し新たに前記内容の賃貸借契約が締結され、右契約に附随して被控訴人において本訴を取下げる旨の契約が成立するにいたつたものと認めるのが相当である。

被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしにわかに信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、原被告間において現に係属する訴を取下げる旨の私法上の契約が成立した場合に、その契約がいかなる効果を生ずるかについては説の分れるところであるが、右契約により直ちに訴訟上訴の取下の効果が生ずるものでないことは明らかである。該契約に基いて原告が訴訟上訴取下の意思表示をすれば格別、原告が約に反して右の意思表示をしなかつた場合は、被告において訴訟上の抗弁として右契約成立の事実を主張することにより訴却下の判決を求め得るものと解するを相当とする。本件において控訴人被控訴人間に前記訴取下の契約が成立したものであることは既に認定したとおりであつて、被控訴人が右契約に違反してなお訴訟を遂行しようとするので控訴人において右契約成立の事実をもつて訴訟上の抗弁としているのであるから、これによりその訴は却下を免れないものといわなければならない。

しかしながら本件記録に徴すれば、右訴取下の契約成立当時は被控訴人は訴外承天寺の本件土地所有権に基く妨害排除請求権を代位行使して控訴人に対し本件建物の収去、土地明渡を求めていたところ、右訴取下の契約成立後、被控訴人は訴の変更をなし第二次請求として前記賃貸借契約の期間満了による終了に基きその明渡を求めているのであるから、右訴取下の契約は前者の訴訟物に関する訴につき為されたもので後者である第二次請求の訴訟物に関する訴につき為されたものでないことは明らかである。そして訴取下の私法上の契約が為されたことにより訴訟上訴の却下を求め得るのは該契約の内容となつた具体的な訴訟物に関する訴に限られるのであるから被控訴人の第一次請求については訴却下を免れないとはいえ第二次請求については前記契約の効果は及ばないものというべく、従つて本訴について訴取下の効果が発生して終了したという控訴人の主張は失当である。

二、そこで被控訴人の第二次請求について考えるに、昭和三四年二月一三日控訴人の本件土地占有使用に関し控訴人被控訴人間に成立した契約は、期間満三ケ年間であることは当事者間に争いがなくこの契約が前記認定のとおり賃貸借契約であると認められるところ、成立に争いのない乙第一号証原審証人渡辺昇、同前川大道、同草川二郎(但し後記信用しない部分は除く)当審証人松本盛一の各証言、原審における被控訴人(第一、二回)当審における控訴人、被控訴人の各本人尋問の結果によると、被控訴人は本件土地を含む附近一帯の土地約一七〇坪をその所有者である訴外承天寺より昭和二二、三年頃賃借し、右地上に商店街を建築する計画を樹て、昭和二四年頃その一部を建築したがその余は一時建築を中止し、右建築建物の一軒を買受けた新聞販売業訴外草川二郎に本件土地を新聞の倉庫用敷地として一時賃貸することになり、その結果右訴外人が木造トタン葺平家建の仮設家屋である本件建物を建築所有し、その後、被控訴人に無断で控訴人に譲渡したこと、被控訴人は現在なお商店街建設の計画をすてていないこと、本件賃貸借契約の締結に至る経過は前記認定のとおり最初被控訴人において原判決の執行を一時猶予するに過ぎないと主張していたが控訴人が転居先がみつかれば何時でも明渡すからということであつたため敢て右主張を固執しなかつたと、しかし念のため、賃貸借契約書に追記第二項として「貸主に於て建築をなす場合は、何等の異議なく家屋を収去宅地の明渡をせねばならない」旨の文言を入れたことが各認められ、原審証人中川浩、同草川二郎の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしたやすく信用することが出来ず、他にこれを動かすに足る証拠はない。右認定の事実によると控訴人被控訴人間の本件賃貸借契約は一時使用のためのものであること明かな場合に該るものと認めるを相当とする。してみると、右賃貸借契約は昭和三七年三月一三日期間満了により終了するに至つたものといわなければならない。

控訴人は、右賃貸借契約には期間満了の際は双方の話合により延長することが出来る旨の定めがありこれにより右賃貸借期間は延長されたと主張し、乙第一号証には右の定めが記載されているが、控訴人被控訴人間において右期間の延長について何ら話合のなかつたことは控訴人の自認するところであり、本件弁論の全趣旨によれば被控訴人において本件賃貸借期間満了後の控訴人の本件土地占有使用について異議を述べているものと認められ、他に右賃貸借期間が延長されたことを認めるに足る証拠は何もないから、被告の右主張は採用することはできない。

そうすると控訴人は被控訴人に対し右賃貸借契約の終了により本件建物を収去して本件土地を明渡さなければならない義務あること明らかである。

よつて被控訴人の控訴人に対する第一次請求については訴を却下し、第二次請求についてはこれを正当として認容すべく、右第二次請求は第一審とはその訴訟物を異にするので原判決を取消し、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を(仮執行免脱の宣言についてはこれを附さないのを相当とする。)各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小西信三 唐松寛 吉田訓康)

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